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片づけられない人と暮らす方法 片づけ編

子育て
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フィフアップ管理人のリツです。

今回は我が家の様子から、片づけられない人シリーズ第2弾片づけ編をお送りします。

私が見た片づけられない人とは何か、片づけとは何かを考えてみました。

そして、片づけた後をキープしてもらうコツを実体験からお伝えします。

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そもそも片づけとは何だろう?

国語辞典で「片づけ」を見てみると、「散らかっているものを整理すること」と書いてあります。

では、「整理」とは?

「乱れたものを整える」「不要なものを処分する」と書いてあります。

では、よく「整理」と合わせて使われる「整理整頓」の「整頓」は?

「散らかっているものを整えること」「きちんと片づけること」

結論

「片づけ」を辞書から紐解くと…

片づける⇒整理する⇒処分する⇒整える⇒片づける

このループが「片づけ」である

片づけることは、この繰り返しを行っていくことのようです。

この繰り返しを行うことで、片づいた部屋が維持されていくんですね。

何となく気づいてはいましたが、改めて調べてみると納得です。

片づけられない人は片づけたくない訳ではない

片づけられない人は、天才的に散らかしていきます。その速度は「秒」です。

瞬く間に散らかっていくその様はちょっと清々しい感じもします。

例えば、外から帰ってくると、自分が歩いていく方向に向かって、持っている物をどんどん置いていきます。その後は、着ている服を脱いでいきます。

そうすると、その動線には物がずーっと並んでいきます。

そして、自分のしたいことをします。

自分の目的に向かって一目散に行動しているのです。

それは、分かっているのですが。

私の目から見ると「なぜ全て自分の部屋に持っていってから、そして着替えてからしたいことをしないのか?」という疑問が出てきます。

ただ、我が家のルールとして、リビングに置いたままの物は、当日の夜、私が寝る前にそれぞれの部屋に片づけることにしています。

関連記事はこちら⇒子育て、孫の子守りで育児、しつけに悩んだら読む本 実体験からの3選



家族は自分のしたいことをしたいので、リビングには物は散らかって置いたままになっているのですが、面白いことに夜に私が各自の部屋に片づけるのは嫌なのです。

何故なら、「自分で片づけよう」と思っているから
そして、「自分の部屋が散らかる」のが嫌だから

片づけたくない訳ではない、片づけられない人

それが私の家族です。

なぜ片づけていないのに片づけようと思っているのか

実際は片づけていないし、散らかっている状態で自分のしたいことをしているのですが、散らかした物を誰かに片づけてもらおうと思っていないのが現実です。

片づけてもらおうと思っていないので、ずっと片づけようと思っています。

そう、ずっとです。

ここに散らかしたままの片づけていない原因の一つがあります。

自分で片づけようと思っているから、自分のしたいことをした後のタイミングで大丈夫なのです。

でも、この自分のしたいことをした後という時間の経過とタイミングが人によって違うのです。

我が家は長い。

私が夜片づけるというルールがあるので、何とかリビングは片づいてキープできますが、本人たちのタイミングを待っていると、散らかったまま簡単に日数は経っていきます。

なぜ自分の部屋が散らかるのが嫌なのか

リビングは秒で散らかしていきますが、その散らかした物を、夜、私が全部部屋に運び入れると、当然その部屋が散らかります。

でも、不思議なことに本人たちは、そうなることは避けたいようです。

自分の部屋に持っていくのは、自分のタイミングでしたいのです。

自分のタイミングでないにもかかわらず、物が持ち込まれているという現実は受け入れ難いのです。

そして、言われます「部屋が散らかった」

聞く人によっては自分勝手な言い分に思えるかもしれませんが、本人たちは不快な気持ちになります。

なぜなら、「片づけようと思っていたけど、自分のタイミングでないところで物が持ち込まれて、自分の部屋が散らかった」からなのです。

見せない収納は便利

片づけの解釈は人によって違う

私は、物がなるべく少ない方が好きですし、使わない物は仕舞っておく方がいいと思っています。
自分自身で管理できる量は知れていますから、1年を通して自分がラクに生活できるようにしています。
その方が、掃除もラクですし、片づける物自体が少ないと、片づけや掃除にかける時間も少なくすみます。

でも、家族は違います。

家族は、見えていないとどこにあるか分からなくなるし、忘れてしまう、掃除のことよりも、すぐに手に取れて、さらに動かずに手に届くところにあるのが良い、と思っています。

4人家族なのですが、ほぼ3対1です。

結婚して家族が増えていく中で、最初は片づけも間に合っていましたが、子ども達の行動量が多くなっていくと全く片づけが回らなくなっていました。

ただただ、「片づけて!」と叫んで、片づけさせようとしても、一向に何も変わらない毎日でした。

大体にして、3対1なので数で負けています。

そうなると、諦めもついてきました。

でもただ、諦めるだけでは家は片づかない、家族と自分との折り合いをつけないといけないと考えて決めたのが、私が「夜に片づける」ルールです。

夜までは待ちますが、寝るまでに片づいていなけば私が片づける。

このルールは、リビングを掃除する私のことを考えて、リビングをキレイに保つためのルールとして家族も受け入れてくれています。
お陰で私もむやみやたらに「片づけて」と言わずに済んでいます。

ただ、それで自分の部屋が散らかるのは嫌なようですが、共用のリビングを片づけなかったためというペナルティーは本人たちで理解しているので、自分の部屋の散らかりも仕方なしに受け入れています。

共用の部分をキレイにしている理由

共用の部分はなるべくキレイでいるように考えています。

モデルルームのような素敵なキレイではないです。

キレイに使うということで、「床に物を置かない」「物を散らかさない」「使ったら片づける」ということを心掛けています。

ただ、その解釈とタイミングが家族間で違うので、それがずっとキープ出来ているかといわれると、そうではないです。

でも、共用の部分で「床に物を置かない」「物を散らかさない」「使ったら片づける」ということを常に伝えていて、実際に私が期限を決めて片づけをすると、それは大事なことだと思ってくれています。

一歩家の外に出ると、全てが共用の空間です。

結局、幼児期から全てが共用の空間で過ごしている時間の方が長く、その共用の空間での成長が大きく関わってきます。

私は、その共用の空間でスムーズに過ごすためには、「自分が好きにしていい場所ではない」という若干の緊張感が必要だと思います。

その少しの緊張感はストレスになるようなものではなく、「自分以外の誰かを思いやって考える」という優しい緊張感が共用の空間での立ち振る舞いを生むと考えています。

私の考えですし、実際、家の中では、結局、夜に私が部屋に片づけているのが現実ですが、学校からもらう通知表では「片づけている」が良(〇)か優(◎)なので、共用の空間では何が大切なのかはわかってくれていると思います。

きちんと理解してくれていると、家庭で私に甘えていることも、外では自立した振る舞いができることを学びました。

キープのコツは片づけていないことを怒らない

共用部のリビングなどはキレイにしていますが、秒で散らかされても、決して怒りません。

もっと正しく言うと、元々は怒っていたが、怒らなくてもよくなった、という方が本当です。

最初は、なかなか片づかなくて、本当に毎日がストレスでいっぱいでした。

なぜ片づけないのか、なぜ私だけが片づけないといけないのか
片づかない部屋と片づけない人に振り回される毎日で、そのことに時間を割くのが本当に苦痛でした。

それを解決したのが「家族と相談してルールを作ってお互いがそれを守る」という仕組みを作ったことでした。
一冊の本との出会いで、その仕組みの作り方を知ったのですが、それを実践してからはよほどのことがない限り怒ることがなくなりました。

その代わりに、ほめることが増えました。

散らかしていて、本人たちがまだ使おうと思っていたとしても、片づけていなれば夜私が片づけることは分かっているので、本人たちは片づけるタイミングに間に合わなかったという理解になります。
私が怒ることもありません。本人たちが寝た後に、淡々と部屋に運び入れます。

その逆で、夜寝るまでに間に合っていれば良いですし、私も間に合っているとうれしくて「ありがとう。片づいたね」と自然と声かけしてしまいます。
片づけることができると本人たちもうれしそうです。

そうすると、段々と散らかす時間も減ってきます。

そして、こんな生活の中で分かったのは、家族は、片づけない人ではなく、片づけられない人なのだということでした。

小学生から部屋の片づけは手伝わない

幼児期に散らかしていた後は、一緒に片づけたり、仕舞ったりしていました。
もちろん、最初はやり方もわかりませんし、どう片づけて仕舞うかを一緒にして見せないと子ども達ができるはずもありません。

私は、それを手伝うのは小学生までにしていました。

それまでに、毎日一緒に片づけて、仕舞っての繰り返しの日々です。
毎日の中で、この箱に入れる分は自分たちが片づける、こっちの箱はお母さん(私)が片づけるなど、仕事を分担して片づけたりしていました。

その中でいつも子ども達に言っていたのが「物は出したところに返す、いらない物といる物を分ける、いる物を整理整頓しておく」この3つです。
ちなみに夫にも同じことを言っています。

片づけるということは何をすることか、わかっていました。

そのうえで、小学校に入学してからは、自分の部屋は自分で片づけるというルールにしていました。

本人たちがリビングで散らかしていた物は、私が夜に部屋に運び入れていました。
その結果、自分の部屋は自分で片づけないといけないので、どんどん部屋が散らかっていきました。

そのためなのか、普段の勉強や遊びを高校生になってもリビングでしていました。

それでリビングで散らかす物が増える、それが夜自分の部屋に戻ってくる、部屋が散らかる…

この悪循環は子ども達自身も気持ち悪いようで、結局自分自身で、片づけて仕舞って掃除をしてをするようになりました。
特に上の子は、私が何も言わなくても自分で布団を干すようにもなりました。

その「今日は片づけよう令」は、悪循環に自分自身がうんざりしたときに発動されるようです。

子ども達が片づけている時に、私は自分からは手を出しません。
子ども達が困って助けを求めた時だけ、その方法を教えます。
やり方は、やって見せて、本人たちがやっているのを見て、私が言っていることがきちんと伝わっていることを確認して、後は子ども達に任せます。

模様替えも子ども達でしています。
よほどの力仕事でない限りは子ども達でがんばっていました。

段々と片づけ方も上手になって、部屋が散らかっている期間が少しずつ短くなっていました。

子ども達の部屋ですから、子ども達が納得いく部屋づくりができていれば良いと考えています。

テレビでみる片づけ隊が片づけた後が散らかるわけ

たまに、テレビでゴミ屋敷を片づけてきれいにする番組がありますが、その後の追跡番組でまた元に戻っていることの方が多くあります。

私が家族と過ごしてきた経験上、片づけ隊が片づけたので、その人には使いにくいのだと感じます。

もちろん、プロの片づけ隊の方々なので、よく考えられて使い勝手も良くなって、これ以上は散らかせないんじゃないかと思うくらい完璧な仕上がりなので、使いにくいなんてことはないのが通常の考えだと思います。

でも、また散らかってしまうということは、その人の生活の動きや手の動きと合っていないのだと思います。

どんなにキレイに片づいていても、その人にとっての便利さとか快適さとかは、生活の仕方で違ってきます。

例えば、私がどんなにキレイで片づいているのが快適でも、家族にとっては物が取りにくかったり、動く歩数が増えたりして不快だったりします。

プロの片づけ隊が片づけるよりも、プロの片づけ隊に方法を教わって、自分で部屋を片づけた方が使いやすい部屋作りができて、回を重ねるごとに散らかっている期間が短くなると思います。

まとめ 片づけることは大事だけど強制しない

片づけることを強制しては何も良くならないと思います。
私自身、強制されてやっても、あまり楽しくないからです。

片づけないと思われている人のほとんどは、片づけられない人です。

その人たちには必ず理由があります。

片づけられない理由は、人それぞれです。

自分の意見や一般常識などと言って、その理由を聞かずに片づけを強制すると、どんどん片づけをしなくなったり、片づけられない自分を責めたりなど逆効果です。

我が家では、元々は、私が片づけて欲しいと思っているだけで、他の3人は少々散らかっていても平気でした。
それを、私を基準に家中を片づけるのではなく、朝掃除をするために、共用の部分と夜までという場所と時間を限定して片づけるというルールを家族で相談して決めました。

私が「掃除できなくて困っている。どうしたらいいか?」という提案から出た答えです。

まずは、「片づけなさい」と強制するよりも、「どうしたらいいか?」に応えてくれる家族を作っていくことが大切なのだと実体験から学びました。

>片づけられない人と暮らす方法 声かけ編

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